持続可能性(サステナビリティ)に対する関心の高まり
環境破壊、気候変動、パンデミック、紛争、貧困など、今、私たちはかつてないほど大きな不安を孕んだ社会の中で生きています。もちろん、これらの問題の多くは今に始まったものではありません。しかし、今日の私たちが直面する問題は今までにない特徴を持っています。それは、あまりに大きくなってしまった人間活動によって地球にもたらされる影響がかつてないほど増大してしまった「人新世」の時代、そして、技術の進歩や経済のグローバル化の進展によってますます相互に密接に関わり合う世界に私たちが生きているため、地球上の誰一人としてこれらの問題から免れられず、全ての人がこれらの問題について無関心でいることが許されなくなっているということです。
このような状況の中、地球とそれを基盤とした私たちの社会がこのままでは持続することができなってしまうのではないかという危機感がかつてないほど高まっています。その典型的な表れが国連の提唱するSDGsへの関心の高まりでしょう。
観光業におけるサステナビリティ
SDGsに代表されるサステナビリティの実現に向けた取り組みはあらゆる分野のあらゆる組織に求められ、当然ながら観光業においても例外ではありません。観光業の発達に伴う旅行の大衆化は私たちに大きな恩恵をもたらしてくれた一方で、地域社会や環境を顧みない大規模な開発や運営、一部の利己的な旅行者の心無い行動などによって、地域の環境や文化、社会を大きく損なってしまう状況も起こっています。
本来人々の喜びや豊かな文化、世界の平和をもたらすはずの観光業が、それを傷つけ損なってしまう原因になってしまうことは非常に残念なことです。そして、それはただ残念だというだけでなく、それが貴重な観光資源の破壊につながってしまえば、観光業が自らの手で自らが依って立つ基盤を損ない、観光業自身の持続を脅かしてしまうことにもなりかねません。これは当然ながら、長期的には観光によって存在できるホテルや旅館といった事業を営む組織自体が持続できなくなることも意味します。
このような状況を改善していくために、近年では「エコツーリズム」や「サステナブルツーリズム」といった考え方が広まりつつあり、観光業に携わる事業者においても自然環境や地域社会により配慮した取り組みの重要性が認識されてきています。また、旅行者自身の意識も大きく変化しつつあり、環境やサステナビリティに積極的な取り組みを推進するホテルや旅館が旅行者からの共感を集め、選ばれる傾向はこれからますます強まっていくことが予想されます。
SDGsへの取り組みの難しさ
先に見たように、SDGsへの社会的な関心が高まりを見せていく現在では、SDGsに取り組まない組織は消費者だけでなく働き手からも見限られかねない状況にもなりつつあります。このような状況にあって、少なくともSDGsに対して関心を持っていることを示すために、SDGsのバッジをつけたりSDGsへの賛同をWebサイトに掲載したりする組織も多くありますが、それが何らかの具体的な行動を伴ったものでなければ、それはかえって表面的なポーズだけだと見透かされてしまいかねません。
すでに実施していることをSDGsの項目に関連づけてアピールするのも、それが単に現状追認に止まるのであれば、やはり十分とは言えないでしょう。なぜなら、SDGsは現状よりも望ましい将来(2030年)のあるべき姿を示したものであり、そこには埋めていくべきギャップがある以上、すでに行っている取り組みが当たり前のレベルに止まるものであるならば、そこには何らかの「追加の」取り組みが必要になるはずのものだからです。
また、「サステナビリティ」は、地球や社会の持続可能性を意味することはもちろんですが、それと同時に、その取り組みを行う主体である組織自体の持続可能性も意味するはずです。そして、組織が持続可能であるためには、一時的ではなく「長期的な」適正利益を上げていくことが前提となります。そのためにも、組織は誠実で真摯な取り組みによって顧客から長期的な支持を得る必要があり、表面的な取り組みでは決してそのような長期的な支持は得られないでしょう。
サステナブルなホテルのための世界標準
SDGsは「持続可能な開発目標」という名前からもわかるように、持続可能な社会を実現するために世界が目指すべき目標が網羅的に設定された目標のリストです。従って、そこには組織がそれらの目標に向けて具体的にどのようなことをしたら良いのかということは書かれておらず、それがSDGsに対して具体的に何をしたらよいかが分かりにくい一つの要因とも言えるでしょう。そのような中、ホテルや旅館などの宿泊施設のサステナビリティに対する取り組みの一つの道しるべとなり得るのがISO21401「観光及び関連サービス−宿泊施設の持続可能性マネジメントシステム−要求事項」です。
ISO(国際標準化機構)はスイスのジュネーブに本部を置く、各種の「標準化」作業を行う国際機関です。そこでは世界中から160以上の加盟規格団体が800以上の委員会で24000以上の規格を作成しており、それは私たちの生活の至るところに影響を与えています*。そのISOで作成された国際規格の一つが、ISO21401の「宿泊施設の持続可能性マネジメントシステム」です。
*https://www.iso.org/about-us.html
この規格では、ホテルなどの宿泊施設が持続可能性(サステナビリティ)を実現するための経営の仕組み(マネジメントシステム)はどのようなものであるべきかについての一つのモデルが示されています。ISOの国際規格は多くの国の専門家から成る委員会で慎重に議論が重ねられた末に作成されますので、そのようなプロセスを経て作成されたISO21401は、ホテルがサステナビリティに取り組むためのマネジメントシステムとして広く国際的な合意を得たものであると言えます。
なぜ私たちはISO21401に取り組むのか?
私たちJ-VACは、ISOマネジメントシステムの認証認証としてISO9001、ISO14001、ISO45001、ISO/IEC27001といったマネジメントシステムの認証を行なっていますが、認証機関である私たち自身がサステナビリティに対して何ができるのか、何をすべきかを考えたとき、最も重要なことは組織がマネジメントシステムを通じてサステナビリティを実現するのをサポートすることであると考えています。
もちろん、ISO9001やISO14001などの既存のマネジメントシステム認証を通じて、それらに真摯に取り組む組織を支援すること自体、サステナビリティに寄与するものです。しかし、より直接的にサステナビリティの実現に焦点を当てたISO21401を普及させ、より多くのホテルや旅館がこの規格を活用することで、サステナブルな社会、サステナブルな観光業、そしてサステナブルな事業を実現するのをより直接的に支援することができれば、それは認証機関である私たちにとって非常に重要なサステナビリティへの貢献だと考えます。
私たちは、マネジメントシステム認証業務に携わってきた20年の経験と知識、そしてISO/TC176/SC2の議長としてISO9001:2015の改定にも中心的な役割を果たし、現在はISO/JTCGの議長を務める当社の非常勤取締役のナイジェル・クロフト博士を通じて持つISO本体とのパイプという強みを持っています。それらの強みを活かすことで、本気でサステナビリティに取り組もうとするホテルや旅館をサポートし、それを通じて組織の事業が長期的に持続し、地域社会の多様な魅力とそこに暮らす人々の幸せが増大し、観光業自体が持続的に発展しながら、同時により良い地球環境を次世代に引き渡していくことに微力ながら貢献していくことが私たちの使命だと考えています。
認証を支えるチーム体制
森田裕之(リーダー)
株式会社 ジェイ-ヴァック
代表取締役 副社長(COO)
東京大学 法学部卒、英国イーストアングリア大学 開発学部修士課程修了。
ISO9001及びISO14001のマネジメントシステム研修の開発及び実施、コンサルタントとして数十社のISO9001及びISO14001の認証取得を支援、約20年にわたってISO9001、ISO14001、OHSAS18001(ISO45001)の審査に従事。2016年より現職。
主な著書:
「ISO9001:2015 完全理解」(森田允史との共著)
「ISO14001:2015 完全理解」(森田允史との共著)
「ISO9001誌上講義」
「ISO14001誌上講義」
「ISO45001誌上講義」
ナイジェル・H・クロフト(アドバイザー)
株式会社 ジェイ-ヴァック
技術担当非常勤取締役(Associate Technical Director)
ISO JTCG(合同専門調整グループ)議長
ISO9000シリーズ規格の世界的権威の1人。
ISO/TC176 の中で、ISO9000規格の導入及び移行方針を定式化するためのタスクグループ・リーダー、プロジェクト・マネジメント・グループ委員、国際認定フォーラム(IAF)への公式のISO/TC176の代表、ISO9001及びISO9004の規格作成を行うISO/TC176/SC2の議長などを歴任し、現在ISOのマネジメントシステム規格の合同専門調整グループ(JTCG)議長。
英国品質保証協会(IQA)特別会員、IQA運営評議会メンバー。
アレシャンドレ・ガリド(アドバイザー)
Sextante Consultoria
マネージングディレクター
地質学者、品質のMBA、生産工学修士。
マネジメントシステム、標準化と規制、適合性評価、リスク管理、持続可能性に関する25年以上の経験を持つ専門家。
ISO TC228/WG13(サステナブルツーリズム)の議長、ABNT/CB54/CE54.004.01(ブラジルサステナブルツーリズム委員会)のコーディネーター等を歴任。100人以上のサステナビリティマネジメントシステム審査員を教育し、500社を超える企業でのサステナビリティマネジメントシステムを実施するためのコンサルタントの教育も務める、サステナブルツーリズムとアドベンチャーツーリズムの専門家。
品質、環境、労働安全衛生、リスク及びサステナビリティのマネジメントシステムの審査員及びインストラクター。